劣等感との向き合い方

ンタルケア KOMOREBIは
今まで自分をないがしろにしながら頑張り過ぎてきた方が、
傾聴を通して心を丁寧に手入れし、本来の自分の感覚を取り戻す場所です。

カウンセリング料金は

通常60分 7,000の円ところ
初回のみ90分で同額とさせていただいております

ご予約に関わらず、何かご不明点がありましたらどうぞお気軽にお問合せください(^^)
※現在はオンラインセッションのみ行っています。

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卒園式を間近に控えた息子は、仲良しのお友達と遊んだり、大好きなお絵描きやブロックが出来ることを楽しみに毎日幼稚園に通っている。

園生活最後のお遊戯会ではモコモコの羊の衣装を着て、緊張しながらもオペレッタを披露してくれた。

息子は割と長い期間登園渋りがあって、朝はいつも格闘だった。
彼の言い分を聞いて休ませてみたり、これじゃいかんと思ったらあの手この手で連れて行ったり。

あんまりにも続くので、親子共々泣いたり怒った事もあったし、きっと息子のこころにも、言葉にならない葛藤があっただろうと思うのだが

今では「こんなに毎日通っているんだから、たまには休ませてくれよな~」とブツブツ言いながらも、息子の足は幼稚園へと向かっていく。

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大人になった私達のこころにも、
矛盾した感情(コンプレックス)は存在している。

大抵は無意識に追いやられていて
本人に自覚されることは少ないものであるが、
他者が放った言葉や態度によって刺激されることがある。

私の場合、父が過去を振り返り「子供達には興味も関心も無かった」と言ったその言葉通り

私は父親という存在を通して自分を認めてもらえたという経験がほぼ無かった。

興味・関心が無いだけならまだしも
日々父親の精神的な世話を求められたり
怒りの地雷があるかどこに分からない為に
子供の頃の私の感情は、相当に複雑だったと思う。

それは他者と関わる上でもやはり大きく影響していくのだが、ある時ふと思ったのだ。

私は目の前の相手との関係性の中で、父の期待に応えられるような自分を、独りよがりに頑張っていただけだったのかもしれない。

本当の私は、人の機嫌を取ったり、相手からの承認を必要とする自分でいたいわけではない。

子供の時の私は、確かにものすごく寂しかっただろう。そして度々傷ついただろう。
もしかすると、かつて父も子供の頃に深い悲しみを抱えたかもしれないように。

でも今なら、私が私に関心を持ってやることは出来る。自分の声を聞くことを心がけることなら、今からでも。

長い対話の時間をかけてそこに辿り着けたのは
人と上手く関われない苦しみの奥深くに隠れた、
父親に対するコンプレックス(愛されたいのに愛されない)に気づき、受け入れることが出来たからだと思っている。

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ところで、お遊戯会があった日の夜、ステージにいた時の感想を聞いたら

「なんか、お腹から声を出せたってかんじ。
本当はもっと大きな声が良かったけど…
でも、ぼくは今のぼくが好き」と言う息子に、良いこと言うなぁ〜と感心しつつ

小学生になる息子に私が親として出来ることは、
どんな時期も息子そのものに目を向けて

成長の芽が出る時をそっと、時にはグッと堪えて待つことくらいなのかもしれないなと思った。

大人になってから他者の態度や言葉にモヤモヤする時は、自分の中に元々ある劣等感や無価値感が疼いているのかもしれない。

それらは一体どこから来たものなのか?

自分の声に耳を澄ませてみる事で、今苦しんでいるあなたの心も楽になるかもしれません。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます(^^)

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