日常の会話とカウンセリングの違い

皆さん、こんにちは。
メンタルケア KOMOREBIです(^^)

カウンセリングを受けた事がない方の中には、「日常の会話とカウンセリングって何が違うのだろう?」と思う方もいらっしゃると思います。

皆さん、カウンセリングという言葉を聞いてどんなイメージが浮かびますか?

「カウンセラーがひたすら話を聴き、困っているクライアントを助ける」
大半の方はこのようなイメージを持たれているのではないかと思います。

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ここからは私がカウンセリングする上で実際に大切にしていることや、個人的な意見を含めてお話させて頂こうと思いますが

まず、日常の中で誰かに話を聞いてもらい気持ちが楽になること。
これは誰しも経験したことがあるのではないかと思います。

大切な相手であり、信頼関係が築けていれば、それはある程度無理なくお互いが許し合っているものですよね。

しかしながら、一方が強く自分の心の安定を求める場合、相手には当然大きな負担となります。

これは私自身も過去に反省したことですが、自分が大変な状態にある時は余裕がありませんから、相手に申し訳ないとは思いつつも、その時間の中で自分の心の息苦しさを解消する事をどうしても期待してしまうのです。

ただ日常の対話はうまく出来ているもので、私達は無意識にちょうど良い加減で話を切り上げているのです。
「色々あるよね」と言って話をぼやかしてみたり、自分の話をしたり、話題を変えたりしながら。

だからこそ、互いの心に負担をかけ過ぎずにちょうど良く付き合って行けるのですね。

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カウンセリングの場合には、まず大前提として関係性が無いところから始まります。

知り合いであったり家族である場合カウンセリングは機能しないと私は思っていますが、それは真っ新な心で相手を見ることが出来ないからです。

そしてクライアントが「なぜ勇気を持ってご自身の為にカウンセリングを選択したのか」を念頭に置きながら、話されることに沿ってセッションは進行していきます。

また同時にお話を聴かせて頂きながら、この方が今人生のどの段階におられ、どんな課題を越えようとなさっているのか

そして今目の前のクライアント自身は、悩みの重さに押し潰されそうになっていて一時的に希望を見出せずにいるけれども、

その抱えた悩みの中に、一体どんな可能性を持っておられるのかを共に見出していく作業なのです。

しかしその一方で気をつけなければならない事は、クライアントが「話し過ぎた」と思う程、対話を進め過ぎないということです。

聴き過ぎればクライアントの心が余計に不安定になったり、かえってクライアントの負担になることもあり得る事を考えなければなりません。

また話が深まっていく過程においては、カウンセラーがクライアントにとってのアンカー(支え)となり、流されてしまわないよう気をつける必要もあります。

このように、話を聴くということは簡単で単純そうでありながら、危険も伴うものです。

いずれにしてもその方にあったスピードで、必要な時間をかけて心が開かれていくことが大切だと私は思っています。

そしてその中でクライアントが気づきを得て、ご自身によって回復していかれるのです。

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人の心は、決して簡単に分かるものではありません。
それは自分自身の心を見つめれば理解出来ることと思います。

自分の事が分からなければ、他者の心は絶対に分からない。

だからこそカウンセラーは自己分析をすることが常に必要だと言われているし、私自身もバイザーによるカウンセリングを受け続けています。

カウンセリングとは、その方もまだ見えていない可能性が開かれていく場所ではないかと私は思います。

一方で、その作業はとても地道で、時には「これを続けて何の意味があるのだろう?」と思う瞬間もあるかもしれませんが⋯

対話によって自分というものを明らかにしていくことは、その苦しみの分だけクライアントの人生における視野を広げていけるものだと信じております。

ここまで目を通してくださり、ありがとうございました(^^)




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