「どうして相手は自分の気持ちを分かってくれないのだろう」
「どうして変わってくれないのだろう」
特に身近な人に対して私達はそう思うものですが、その思いを持ち続けるほど心は苦しみで重たくなってしまうものですよね。
そんな時はつい相手にばかり焦点をあてがちですが、まずはあなたの心が少しでもニュートラルな状態に戻って楽になるように、自分の心から整えてみられると良いかもしれません。
例えば…
相手に期待し過ぎていないだろうか?
それぞれは甘えに気づいているか?
「私は相手を分かっている」という思い込みがないだろうか?
「正しさ」を押し付け合っていないか?
自分の中にある相手への気持ちを、攻撃ではなく素直な言葉で伝えられているか⋯
これらは、勿論あなたの方だけが一方的に見直せば良いことではありません。
相手が幼い子供でない限りは、互いがこのように省みることが必要だと思います。
しかしながら相手の心をコントロールすることは決して出来ないし、そのようにすれば相手からは疎まれてしまいます。
だからこそまずは、自分自身の心に気づきの目を向けてみるのです。
あなたが相手に対して、本当に伝えたかったことは何だったのか。
その中に、あなた自身が元々抱えている恐怖や不安は無いだろうか。あるとすれば、それはどんな傷や思いなのだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僧侶である草薙龍瞬氏は「子どもを正しく理解するという心がけこそが、親が子に向けうる最大の愛情だ」と、著書の中で言っています。
ここで示されている「正しさ」とは、子どもの感情や考え、願望や欲求をそのまま「ある」と
ただ理解することだそうです。もちろん全てを叶えてあげるという意味ではありません。
期待や思い込みをぶつけるのではなく、心を新にして「子のこころ」にあるものを理解する。
これは、いかに相手を信頼的に見ているかどうかが重要だと思いますが
心のどこかで相手を批判したり自分の物差しで決めつけている時は、「今のあなたでは十分ではない」というメッセージが、意外と相手には伝わっているものです。
そしてその判断の元を辿ると、大抵は自分を育てた両親の価値観や考えに行き着くことも少なくないかもしれません。
「相手をただ理解する」ことは簡単なようで、とても難しいことですね。
身近な関係性であればあるほど、私たちは互いに期待するし、無意識に自分の中にある正しさで相手を裁こうとしてしまうのです。
だからこそせめて、解ったつもりにはならない方が良いのかもしれない。
それが長年連れ添った夫婦であっても、自分の子どもであっても。
そしてその信頼と気づきの眼差しを、まずは自分自身に向けてみてください。
相手に認めてもらうこと、自分の正しさを受け入れられることが、あなた自身の価値に繋がるのではありません。またそれは相手も同じです。
しかしながら互いを尊重し合い関係性をより良くしたいと思うのであれば、それぞれの個性、違いを受け入れ合って成長していく必要があります。
またその姿勢は、夫婦関係や親子関係における悩みにおいても、希望に向けて変化を生むのではないかと思います。
その一歩として、まずは自分のこころを静かに、ありのままに見つめてみてはいかがでしょうか。
ここまで目を通して下さって、ありがとうございます(^^)
メンタルケア KOMOREBI
参考文献『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』草間龍瞬 海竜社


コメント